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第16页


「現場が草むらだったから犯人が気がつかなかったのか、それともわざと落としたかは判らん。だが、どちらにせよ意味はある筈だ。近いうちそっちに行く事になるかもしれんぞ」
 最後に刑事の顔をして、兄は不吉な事を言った。


          3

 高校一年生の冬休みはあっけなく終わった。
 その間にあった事といえば織と初詣に行ったぐらいで、あとは平穏無事な毎日を送っていたと思う。
 三学期が始まると、式はその孤立をより強くしていた。彼女は僕にも判るほど、周囲に拒絶の意志を示していたからだ。

          …

 みんなが下校したのを確かめて放課後の教室に行くと、決まって織が待っていた。
 彼女は何をするでもなく、窓際で外を眺めている。
 僕は呼ばれたわけでもないし、誘われたわけでもない。ただ、やっぱりいつも怪我をしそうなこの女の子が放っておけなくて、意味もなく彼女に付き合う事にしていた。
 冬の日没は早く、教室は夕日で真っ赤だ。
 その、赤と黒のコントラストだけの教室で、織は窓にもたれかかっている。
「オレが人間嫌いだって話、したっけ」
 この日、心あらずといった風情で織は話し始めた。
「初耳だけど。……そうなの?」
「うん。式は人間嫌いなんだ。子供の頃からそう。
 ……ほら、子供の頃ってさ、何も知らないじゃない。会う人全部、世界の全てが無条件で自分を愛していると思ってるんだ。自分が好きなんだから、相手も当然のように自分を好いてくれるって、それが常識になってるだろ」
「そういえばそうだね。子供の頃は疑う事をしなかった。たしかに無条件でみんなが好きだったし、好かれているのが当たり前だと思ってた。恐いものだってお化けだったもんな。今恐いのは人間だっていうのに」
 まったく、と頷く織。
「でもさ、それはすごく大事な事なんだ。無知でいる事は必要なんだよ、コクトー。子供の頃は自分しか見えないから、他人のどんな悪意だって気付きはしない。たとえ勘違いだとしても、愛されてるっていう実感が経験になって、誰かに優しくできるようになるんだ。
 人は、自分が持っている感情しか表せないから」
 夕焼けの赤色が、式の横顔を染める。
 この時―――彼女がどちらのシキなのか、僕には判別がつかなかった。
 そして、それは意味のない事でもある。どちらであろうと、これは両儀式の独白なのだから。
「でもオレは違う。生まれた時から、他人を知ってた。
 式は自らの内に織を持っていたから、他人を知ってしまった。自分以外の人間がいて、色々と物を考えていて、自分を無条件で愛してくれているワケじゃないと知ってしまったんだ。
 子供の頃に他人がどんなに醜いか知った式は、彼らを愛する事ができなかった。いつしか関心も持たなくなった。式が持つ感情は拒絶だけだ」

―――だから、人間嫌いになった。

 そう織が眼差しで語る。
「……でも、それじゃ淋しかったんじゃないか、君は」
「なんで? 式にはオレがいるんだ。一人じゃ確かに孤独だけど、式は一人じゃない。孤立していたけど、孤独ではなかったんだ」
 毅然とした顔で織は言う。
 そこには強がりもなにもなくて、彼女は本当にそれで満足だったのだ。
 でも、それは本当に。
 けど、それは本当に?
「けど、最近の|式《オレ》はおかしい。自らの内に自分という異常者を抱えているのに、それを否定したがってる。否定はオレの領分だ。式は肯定しかできない筈なんだけどね」
 どうしてかな、と織は笑う。
 ひどく殺伐とした――殺意さえ感じる笑みだった。
「コクトー。人を殺したいと思った事はある?」
 その時。落ちる陽の光が朱に見えて、どきりとした。
「今のところはないよ。殴ってやりたい、あたりが関の山」
「そう。けど、オレはそれしかない」
 教室に、彼女の声はよく響いた。
「―――――え?」
「言っただろ。人間ってのは自分が体験した感情しか表せないって。
 オレは式の中での|禁句《タブー》を請け負ってる。式の優先順位の下位が、オレにとっての上位なんだ。それに不満はないし、だから自分がいるって解ってる。オレは式の抑圧された指向を受け持つ人格だ。
 だから、つねに意志を殺してきた。織という闇を殺してきた。自分で自分を、何度も何度も殺してきた。人は自分の持てる感情しか表せないって言っただろう? ……ほら。オレが体験した事のある感情は殺人だけだ」
 そして、彼女は窓際から離れた。
 足音もなくこちらに近付いてくる彼女を――どうして、恐いと感じたのだろう。
「だからさ、コクトー。式の殺人の定義はね」
 耳元に囁く声。
「識を殺すってコトだよ。識なんていうヤツを外に出そうとするモノを殺すんだ。式はね、自分を守る為に、式の蓋を開けようとするモノをみんな殺してしまいたいんだ」
 くすり、と笑って織は教室を後にする。
 それは悪戯をした時のような、無邪気で小さな笑みだった。


          ◇

 翌日の昼休み。
 ご飯を一緒に食べよう、と式に声をかけると、彼女は心底驚いたような顔をした。
 この時彼女は知り合ってから初めて、僕に驚きの表情を見せた。
「……なんて、こと」
 そう声をつまらせて、式はこっちの提案を受け入れてくれた。場所は彼女の希望で屋上となり、式は無言で僕の後に付いてくる。
 じっと黙り込んでいる式の視線が背中に刺さる。
 もしかすると怒っているのかもしれない。いや、きっとそうだろう。
 ……そりゃあ、僕だって昨日の織の残した言葉の意味ぐらい解る。アレはもう自分に関わるな、関わると何をするか分からないぞ、という式からの最後通牒だ。
 けど式はわかってない。
 そんなのはいつも式が無意識に提示している事
で、こっちはそんなのにはもう慣れてしまっていたんだ。
 屋上に出ると、そこには誰もいなかった。
 一月の寒空の下で昼食を食べよう、というのは僕ら以外にはいないらしい。
「やっぱり冷えるな。場所を変えようか」
「私はここがいいの。変えるなら黒桐くんだけでどうぞ」
 |慇懃《いんぎん》な式の言葉に首をすくめる。
 僕らは寒風を避けるように壁ぎわに座った。
 式は買ってきたパンの封を開けもせずに座っている。そんな式とは裏腹に、僕はすでに二つ目のカツサンドを頬張っていた。
「なぜ私に話しかけたの?」
 式の囁きは前触れがなく、よく聞き取れなかった。
「何かいった、式?」
「……どうして黒桐くんはそんなに能天気なのかしら、と言ったのよ」
 刺すような目で式はあんまりな事を言う。
「ひどいな。たしかに馬鹿正直なんて言われるけど、能天気なんて言われた事はなかったぞ」
「周りが遠慮してたのね、きっと」
 なるほど、と勝手に納得して式は玉子サンドの封を開けた。ビニールのこすれる音は、寒い屋上に似合つていた。
 式はそれきり黙り込み、無駄のない動きでトマトサンドをかじり始める。
 ちょうど入れ替わりで食べ終わってしまったこちらとしては、どうも所在ない。
 食事には、やはり弾むような会話が必要だろう。