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第112页


「予備の体は作ってはおらぬ。再会があるとすれば、次世紀か」
「そのころには魔術師なんてモノはいないよ。再会はないだろ。おまえは最期まで独りだ。
 それでも---止めないというのか」
「無論。私は敗北など認めない」
 橙子はただ瞳を閉じる。
 長く別れていた数年を清算する、束の間の問答はここまでだ。
 最後に---彼女は、蒼崎橙子という魔術師として荒耶宗蓮に問いかけた。
「アラヤ、何を求める」
「----真の叡智を」
 黒い魔術師の腕が、崩れる。
「アラヤ、何処に求める」
「----ただ、己が内にのみ」
 外套は散り、半身が風に舞っていく。
 それをずっと、蒼崎橙子は見届けていた。
「アラヤ、何処を目指す」
 崩れていく荒耶。口だけになって、言葉は声にならず消えた。

---知れた事。この矛盾した|螺旋《セカイ》の果てを---

 そんな答えが、返ってくるような気がした。
 風に舞っていく灰から目を逸らして、橙子はもう一度煙草に火をつける。
 紫煙は、ありえない蜃気楼《しんきろう》のように揺れていた。



    矛盾/螺旋

    (19)

 どういうわけだか、私は街にいた。
 今日はとてもいい天気で、見上げれば空はどこまでも蒼い。雲一つない空はキレイで、太陽の陽射しもうるさくない。
 夢みたいに白くて暖かい陽射しのせいだろう。街はなんとなく唇気楼のようにぼやけていて、いつもの大通りは砂漠みたいに気持ち良かった。
 十一月になって毎日が曇りだったけれど、今日は真夏に戻ったように明るい一日だ。
 私は下ろしたての|臙脂《えんじ》色の紬を着て、喫茶店に入った。
 私だって最近は喫茶店ぐらい利用する。
 こんな一日のおかげだろう、いつもは陰気なアーネンエルベは混みあっていた。
 明かりは窓からの陽射しだけ、というこの喫茶店は、今日のように強い陽射しの日は人気がある。
 飾り気のない白いテーブルには、大きな窓から差し込む太陽の白。その他の部分は、店が持つ乾いた影の黒。
 この二つの明暗が教会じみた荘厳さを見せて、待ち合わせに利用する者が後をたたない。
 かくいう私も今日はその一人だった。
 テーブルは二つしか空いてなかった。
 私は席に座る。
 と、同じように待ち合わせなのか、十代の男がもう一つのテーブルに座った。
 私は椅子に座って待ち続ける。
 私と一緒にやってきた男も、同じように待っていた。
 私達は背中を合わせて、暖かな陽射しの中にいた。
 ---不思議な静けさだ。
 私は、ちょっと短気であるらしい。私本人に自覚はないのだが、周りが口をそろえていうのだからそうなのだろう。その私が、不満もなく誰かを待ち続けている。
 どうしてこんなに穏やかなのか、と考えて、なんとなく理由が見つかった。
 きっと、私と背中を向けて座っている男が待《ま》ち惚《ぼう》けをくっているせいだろう。
 私は、私と同じように待ち続けている誰かがいる事に安心して、文句もなくあいつを待っていられるのだ。
 長い時間が経って、私は窓の外で手を振っている罵迦者を見付けた。走ってきたらしく、息を弾ませて手を振ってくる。走って大丈夫なんだろうか、と私は少しだけ心配した。
 ともあれ、こんな気持ちのいい日でも上下黒一色、という服装のセンスはいずれ改めさせなくてはいけないな、と私は胡乱なあたまで思ってもみる。
 見ると---外にはもう一人、手を振っている誰かがいた。白いワンピースを着た女だ。
 私は席を立つ。
 背中の男も、同じタイミングで席を立った。
 ......安心した。あのワンピースの女は、こいつの待ち人だったらしい。私はなんとなくホッとして、店の出口へと歩いていく。
 不思議な事に、店の出口は二つあった。
 東と西の両端に、まるで別れ道のよう。
 私は西に、男は東の出ロヘと歩いていく。
 私は店から出る前に、一度だけふりかえった。
 と、あの男も同じようにふりかえっていた。
 赤い髪をした、女みたいに華著なヤツ。
 そいつは私と目が合うと、そっぽを向いて片手をあげた。
 見知らぬ男だけど、これも何かの縁だろう。
 私も片手をあげて応えた。
 私達は離れた出口にたって、そんな挨拶を交わした。
 じゃあな、と男が口にしたふうに見えたのだが、声はまったく聞こえなかった。
 私もじゃあな、と応えて店を出る。

 ---外は、今までの事が夢のようないい天気だ。
 私はとけこんでしまいそうな強い陽射しのなか、私の為に手をふっている誰かの元へと歩いていく。

 なぜか、嬉しくて、どこか、切なかった。

 白い陽射しは強すぎて、手をふる誰かの顔は見えないままだった。
 私は、あの赤毛の男にもこんなふうに歩いていく場所があった事を、いもしない神さまに感謝した。
 ほんと、なんて無様さだろう。
 きっとアーネンエルベが教会のようだったから、そんな気紛れを私は起こしてしまったのだ。
 ふりかえれば、そこには教会なんてありはしない。あるのは砂漠のように平坦な地平線だけだ。
 ほら、何も残らない。でもそれだって覚悟の上だ。
 何も残らないのが人生だと、私は思う。
 けど誰かは、何も残さないようにするのが人生なんだ、とか言うに決まっている。
 ぴんぽーん、と鐘の音が鳴った。
 その音を聞いて、私はこれがなんでもない夢なのだと判ってしまった。
 砂漠みたいにキレイな街から、するすると、私は眠りから目覚めていった----

     ◇

 何度めかの呼び鈴の音を聞いて、私はベッドから起き上がった。
 時計を見ると、時刻はまだ午前九時を回ったところだ。昨夜、例によって夜歩いて眠りについたのが朝の五時。あまり十分な睡眠時間とはいえないだろう。
 呼び鈴はまだ鳴っている。
 私がいる、という事を確信しているその我慢強さは、間違いなく幹也のものだ。
 私はベッドの上で上半身だけを起こして、ぼう、と意識を泳がせる。
 ......おかしな夢を見たせいだ。
 なんとなく、私は幹也に会う気にはなれなかった。
 私は枕を乱暴に抱いて、そのまま横になった。
 と。呼び鈴は唐突に止んだ。
「---なんだ、あの根性なし」
 呟いて、私はシーツをかぶりなおす。
 もう本当に寝なおしてやる気になった。
 けれど、相手はとんでもない実力行使をしてきた。
 がちゃり、とカギが開く音がする。
 驚いてベッドから身を起こすが、間に合わない。
「おじゃまするけど。............起きてるじゃないか、式」
 勝手にあがってきた黒桐幹也は、コンビニのビニール袋を片手に持ってそんな挨拶をしてきた。
 落ち着きはらったその態度と、どうして私の部屋のカギを持っているのか、という疑問のせいで、私はしらず幹也を睨みつけていた。
「なんだ、意地汚い。こっちだって朝メシ抜いてるんだから、あげないぞ」
 ......幹也はビニール袋をかばうように背中に隠す。
 その、あまりに的はずれな台詞に私はますます頭にきた。