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第70页


 ……相変わらず、式は細く透き通る女性の声で、男のような喋り方をする。
 式の辛辣な追及に、橙子さんは微かに苦笑いをしたように見えた。
「目的はある。だが、おまえの言う通りでもあるな。魔術師はゼロを求めているんだ。初めから無いものを目指している。
 魔術師達の最終的な目的はね、“根源の渦”に到達する事だ。アカシックレコードとも呼ばれるが、渦の一端にそういう機能が付属していると考えたほうがいいだろう。
 根源の渦というのはね、たぶんすべての原因だ。そこからあらゆる現象が流れだしている。原因を知れば終わりもおのずとはじき出される。有り体にいえば“究極の知識”か。は、究極なんて基準を作って結局有限なものにしているから、この呼び方も正しくはないのだがね、一番解りやすいからそういう事にしているのさ。
 もともと世界に流布しているあらゆる魔術系統は、この渦から流れている細い川の一つにすぎん。各国に類似した伝承や神話があるのはその為だ。もとの原因は同じもので、細部を脚色するのは“川”を読み取った者の民族性だ。
 アストロジー、アルケミー、カバラ、神仙道、ルーン、数え上げたらきりがない研究者達。彼らは元が同じだからこそ、結局同じ最終目的を胸に抱く。なまじ魔術という根源の渦から分かれた末端の流れに触れてしまった彼らは、その先――――頂点にあるものが何であるか、想像できてしまったからだ。
 魔術師の最終的な目的は真理への到達に他ならない。人間として生まれた意味を知る、なんて俗物的な欲求もない。ただ純粋に真理というものがどんなカタチをしているかを知りたがる。そういったものの集合体が彼らだ。
 自己を透明にし、自我だけを保った者達―――永遠に報われない群体。世界は、これを魔術師という」
 淡々と語る橙子さんの眼差しは、今までのどんな時より鋭い。琥珀色の瞳が、火がついたように揺らめいている。
 ……なんだけど、申し訳ない事に僕には話の半分も理解できなかった。
 解ったのは一つだけだったので、とりあえずそれを尋ねてみる事にする。
「あの、いいですか? 目的があるんなら学ぶ事にだって意味があるでしょう。報われないなんて事は……って、そうか。まだ誰も辿り着いていないんですね?」
「辿り着いた者はいるさ。行った者がいるからその正体が解ったんだ。現在にまで残されている魔法だって、辿り着けた者達が残したモノさ。
 だが―――あちら側に行った者は帰ってきてはいない。過去、歴史に名を残すような魔術師達は到達した瞬間に消失した。あちら側はそんなに素晴らしい世界なのか、それとも行ってしまったら帰ってはこれない世界なのか。それはわからない。行ってみない事にはな。
 だが、そこに辿り着く事は一代程度の研究では不可能だ。魔術師が血を重ね、研究を子孫に残すのは自己の魔力の増大が目的だ。それはいつか根源の渦に到達できる子孫を作り上げる為の行為にすぎない。魔術師はね、もう何代も根源の渦を夢見て死に、子孫に研究を継がせ、その子孫はやはりまた子孫に継ぐ。果てがないんだ。彼らは、永久に報われない。仮に到達できる家系が現れたとしてもおそらくは不可能だろう。―――邪魔者が、いるからな」
 憎むような口調とは裏腹に、橙子さんはくすりと乾いた笑いをこぼした。その―――邪魔者という人がいる事を喜ばしく思っているような、そんな仕草で。
「ま、どっちにしたって無理な話という事だ。現代の魔術師には渦に到遠して新しい秩序―――新しい魔術系統を作る事はできない」
 これで長い話は終わりだ、とばかりに橙子さんは肩をすくめて言った。
 僕と鮮花はそれで何も言えなくなったけれど、式だけが無遠慮に橙子さんの話の矛盾を追及した。
「ヘンな奴らだな。無理ってわかってるのにどうして続けるんだ、おまえ達は」
「そうだな。魔術師を名乗る連中は大半が“不可能”なんて混沌衝動をもって生まれたか、あるいは諦めの悪い罵迦ばっかりなんだろう」
 あっさりと肩をすくめて橙子さんは答える。
 それに、なんだ分かってるじゃないか、と式は呆れて眩いた。

          ◇

 話が終わって一時間もすると、事務所はいつも通りの静けさを取り戻した。
 時刻も午後三時になろうかというので、一服とばかりに人数分のコーヒーを掩れにいく。鮮花の分だけは日本茶にして配り、自分の席に着いた。
 仕事も全体の目処がつきそうだし、この分なら今月の給料は安泰だな、と安心してコーヒーに口をつける。
 静かな事務所に、飲み物をすする音が響く。
 そんな平穏な静寂を破るように、鮮花はとんでもない事を式に向けて言った。
「―――ねえ。式って男なんでしょう?」
 ……カップを落としそうになるぐらい、それは地獄的な質問だったと思う。
「―――――――」
 それは式も同じで、手に持ったコーヒーカップから唇を離して、不愉快そうな、けれど悩んでいるような顔をしてしまう。うちのばか妹に対する反論は、今の所ない。
 それを勝機とみたのか、鮮花はなお続ける。
「否定しないっていう事はそうなのね。あなたは間違いなく男なんだわ、式」

「鮮花ッ!」
 しまった、たまらず口を挟んでしまった。
 こういう質問は無視するに限るのに、事が事だけについ気が動転してしまったんだ。
 勢い立ち上がってしまったものの、気の利いた台詞も浮かばずに僕は無言で椅子に座りなおす。……なんだか敗残兵のような気分だった。
「つまらない事にこだわるな、おまえ」
 ものすごい仏頂面になって、式はそう言い返す。片手で額を押さえているあたり、怒りを堪えているのかもしれない。
「そう? すごく重要な話よ、コレ」
 外見はあくまでクールな式と同じように、鮮花もあくまでクールに応える。机の上に両肘を立てて指を組んでいる姿は、議事をすすめる委員長みたいだった。
「重要な話、か。オレが男だろうが女だろうが大差ないだろ。鮮花には何の関わりもない。それとも何か、おまえオレにケンカうってんのか?」
「そんなの、初めて会った時から決まってるでしょう」
 二人はお互いの姿を見ていないのに、睨み合っているようだった。
 ……僕としては何が決まっているのかが知りたいのだが、今はそれを問いただせる雰囲気じゃない。
「……鮮花。なんで今になってこんな言葉を繰り返さなければいけないのか不思議なんだけど、最後になる事を祈ってもう一回だけ言うよ。あのね、式は女の子だよ、ちゃんと」
 とりあえず、そうとだけ言った。
 鮮花の無礼をかばいつつ、式の不機嫌さを収めるはずの会心の一言は、なぜか二人の神経を逆撫でしてしまったみたいだ。
「そんなのはわかってます。兄さんは黙ってて」
 わかってるならなんでそんな事訊くんだ、おまえはっ。
「私が聞きたいのは肉体面での性別じゃないんです。精神面での性別がどちらなのか明確にしたいだけ。まあ見たかぎり、式は男の人のようですけど」
 ですけど、のドの部分を強く発音して鮮花は式を流し目で見る。
 式はますます不愉快になっていく。
「体が女なら性格がどちらでも変わらないだろ。オレが男だったらどうするっていうんだ、おまえ」